研究課題
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害虫の繁殖抑制に応用可能なリガンドと受容体膜タンパク質の構造・機能解析

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代表機関:東京大学大学院農学生命科学研究科
代表研究者:永田宏次

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農薬は食料の増産に大きく貢献してきました。現在も、地球上の膨大な人口を維持するためには食糧生産に農薬の使用が欠かせません。しかし、近年その毒性や難分解性による健康被害や環境汚染の可能性が問題となっており、そういう心配のない新しい農薬の開発が求められています。その方法の一つとして、昆虫の「性フェロモン」を利用するものがあります。

昆虫の性フェロモンはオスかメスのどちらか(あるいは両方)が分泌する物質で、オスとメスとが出会うための「会話」にあたります。この性フェロモンを利用すれば、特定の害虫をおびき寄せて駆除したり、オスとメスとの会話を邪魔して出会いの機会を減らしたりすることができます。さらによいことに、性フェロモンは同じ種類の昆虫の間でのみ有効なので、他の生物に対しては効果も毒性も示しません。生態系を乱すこともなく、安全なのです。

そこで、私たちは農業における最大の害虫であるガ(蛾)の性フェロモンを対象に研究を行っています。性フェロモンの合成や受信に関わるタンパク質の構造を調べ、新しい農薬開発のための情報を集めるのが目的です。

これまでの研究により、交尾期になるとメスのガの生体内でPBANと呼ばれるホルモンが分泌されることが知られています。このホルモンがフェロモン腺の細胞膜上のPBANRと呼ばれる受容体(これが「鍵穴」、PBANが「鍵」にあたる)に結びつくと、細胞内で性フェロモンの合成が活性化されます。このPBANとPBANRを構造解析した情報により、PBANに似た偽物の「鍵」をつくり出し農薬として用いれば、正しい鍵が結びつきにくくなり、性フェロモンの合成をできなくすることが可能です。さらに、PBANの仲間は性フェロモン合成の活性化だけでなく、さなぎになるのを促進したり胚を休眠させたりと、多様な機能をもっているので、偽物の鍵は害虫のさまざまな成長段階の制御に役立ちます。

また、細胞内で性フェロモンを合成するにはpgdesat1やpgFARという酵素がはたらきます。これらの酵素はガの種類によって少しずつ違い、できてくるフェロモンもそれぞれ異なります。そこで、これらの酵素の構造を解析し、性フェロモンを効率よくつくれるように酵素を改変したり、酵素のはたらきを阻害する物質を探索したりすることを計画しています。いずれも、農薬への応用が期待される研究です。

実は、哺乳類にもPBANとPBANRによく似たホルモンがあり、摂食抑制、ストレス反応調節、痛み制御、骨量調節に関わっていることが知られています。今後の研究によっては、農業だけではなく我々の健康増進に役立つ知識が見つけられるかもしれません。

ガ類昆虫の性フェロモン産生機構
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